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VOICE magabon interview

No.235 宮本亜門(演出家)

ハードルが高ければ高いほど興奮する悪い癖があるんです(笑)

日本文学の金字塔として、今なお高い人気を誇る三島由紀夫の「金閣寺」。2011年、日本を代表する演出家・宮本亜門が本作の舞台化に挑み、観念的で難解な三島の世界を新たなパワーをもって表現。ニューヨークで行われた舞台の祭典“リンカーンセンター・フェスティバル”に正式参加したことも話題になった。そして2012年冬、世界で大絶賛を浴びた本作の凱旋公演が決定!
吃音のせいで疎外感に悩まされ、金閣に鬱屈した思いを抱える主人公・溝口役を森田剛、足に障害を持ちながらも不適に溝口を挑発する柏木役を高岡蒼甫。また、表面上の明るさの裏でもがき苦しむ鶴川役を大東俊介が演じ、「生きるとは何か」「自己の存在意義とは」といった青年期の苦悩を全身全霊で演じる。
1956年に発表された「金閣寺」がなぜ国境・時代を超えて支持されるのか。そこで、本作の魅力を宮本亜門に直撃! 舞台化の苦労・楽しみ、そして自らの思春期までをたっぷりと語ってもらった。周りをも笑顔にするようなハッピー・オーラとエネルギー溢れるインタビュー、スタート!

宮本亜門

――「金閣寺」に挑戦したいと思ったきっかけを教えてください。
「まず、神奈川芸術劇場のこけら落としでやろうと思ったのが最初で。劇場の場所が横浜で、日本に初めて西洋文化が入ってきた港のすぐ横にあるんです。そこで、あえて日本の魅力や面白さなど日本の伝統的なものを考えながら、新たな挑戦ができるものとして、どうしても『金閣寺』をやりたいと思ったんです。でも『そんな暗い作品がオープニングでいいのか?』という周囲の声に1年以上抵抗し続けなくてはなりませんでした。正直、僕の中でも『金閣寺』を舞台化できるのかというプレッシャーもありましたね。でも、ハードルが高ければ高いほど興奮するのが僕なんで(笑)」

――「金閣寺」の魅力をどう感じていますか?
「三島さんは、『金閣寺』で実際にあった放火事件を題材に小説を書いていますが、単純にその事件を書くのではなく、自分の中でイメージする美と生きている実感を掴もうとする青年の話だと僕は理解しています。三島さんの作品とはいつか対峙してみたいとずっと思っていたんです。彼の文章は余りに美しいが難しくもある。途中でへこたれそうになっちゃうんだけど、読んでいくうちに、『なぜ生きるんだろう』『社会とはなんだ』という、螺旋階段のようになかなか前に進めない思春期の想いが凝縮されていることに気づく。だからこそ、今の若者からも支持されているのだと思います」

――舞台化する上で苦労された点を教えてください。
「台本作りにはとても苦労しましたね。あの厚い本を拡大コピーして、全部に線を入れて。例えば、溝口が金閣を見たときの気持ちを表す言葉でも5種類ぐらいあったりする。彼の中で悩みながら金閣を見ているから、あらゆる解釈ができる。どの言葉をとるかによって、色々な形で上演できる作品だと思ったんです。なので、その選択の仕方に多くの時間を費やし、1年以上毎日ああでもない、こうでもないとやって(笑)。小説も100回以上読んで、稽古の初日まで小説を手元において、ギリギリまで台本に手直ししていました」

――その選択の中で最も大事にした点は何ですか?
「逆に言うと、一番大事ではないのが金閣が燃えること。そこではなくて、溝口がどうやって自分と折り合いをつけて自分の人生を変えていこうとするのか、という内面の葛藤が大事なんです。それと、主人公を含めた3人の青年のキャラクター。溝口と柏木、鶴川という3人の青年の三角関係こそが、三島由紀夫の分身だと思う。その3人に三島さんの色々な面が内在していたり、彼の言う戦後日本の姿があるような気がして。溝口は吃音で、人と対面しようとするとどうしていいのか分からなくなる。社会との間に恐怖とコンプレックスがある。柏木は足をひきずっているが、とても魅力的でセクシー。その障害を肯定するために、自分の存在を頭や論理で固めようとする。一方、裕福で見た目もよくて、悩みなんか何もないだろうと思われているのが鶴川。しかし、彼は最後に自殺をします。全てが満たされているがゆえに生きている実感が掴めないというのは、とても現代的だなと思って。誰しもが通る青春期の気持ちを彼らのどこかに感じられるのでは」



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